うらがみ

illusted by KUMI MASUI

01

ふくちゃん

この9月で2才になった可愛いワンコのことをほんの少し。

とても食いしん坊。
私が台所で食事の支度を始めると、必ず足元に座り込む。何か落ちてこないかなあとたまに見上げる。揚げ物をやっている時なんてひやひやする。

とても甘えん坊。
昼間ソファでくつろいでいると必ず膝の上に乗ってきて頭を私の腕と脇腹のすき間につっ込んでグーグー。重たいけれど暖かいのでこちらも心地よい。お尻に根がはえ家事をやらねばと思いつつ、再放送のドラマをついつい見てしまう。先日も懐しの東京ラブストーリーを楽しんだ。至福のひととき。

目薬をさすのがとても上手になった。お互いに。
以前はこぼれてこぼれて顔を洗っているのではないかと高い目薬もったいなかった。今は百発百中!息ぴったりな私達。

私の子供の頃とは違って家の中で過ごすワンコ。四六時中、私の行動を見つめられ、初めの頃はプチノイローゼになりそうだったが、もう大切な家族。
我が家に来てくれてありがとう。
私を飼い主らしく育ててくれてありがとう。

02

朝起きる。
子どもを学校に送る。
その足で仕事に向かい
19時まで仕事。
子どもを迎えに学校へ。
19時まで学校って、子どもだってたまったもんじゃないよね。
家に帰り、ご飯をつくって…
いや、夕飯はここのところ外食ばかり。
帰宅しお風呂。
宿題を終わらせるように促し
10時に子どもが寝ると
もう何もしたくない。

時間ばかりを気にする毎日
時間に追われる毎日

また明日同じことを繰り返す。
しょうがない、「今が正念場よ!」と家族で踏ん張るのみ。

毎日一緒にいるのに、いつのまにか 娘の歯はどんどんはえ変わり、いつのまにかわたしの靴を履けるようになっていた。

次気づいたときは、わたしより背が高くなってそうだな。

03

今日は戌の日。
ちょうど妊娠5ヶ月になったので、近くの熊野本宮大社へ家族3人で安産祈願に行ってきたよ。

力強い太鼓とともに祝詞をあげる祈祷にびっくり。太鼓の音が身体中に響いて、身も心も洗われる感覚だった。お腹の子(むーちゃん)にも聴こえたかな?

そして玉串拝礼の順番は、なんと私から‼︎ こんなことなら、作法を事前にググっておけばよかったとドギマギしながら神前へ。〝二拝・二拍手・一礼〟と神主さんがこそっと教えてくれたにもかかわらず間違えちゃった!
相変わらずな私だなぁと思った矢先に、正座で足が痺れたと言っているKくんをみてすごく安心した。
私らは、ちょうどいいのかも。

こんなダメな親ですが、しっかりしたお姉ちゃん8歳がいるので呆れずに元気に産まれてきてね、みんな楽しみにしてるよ、むーちゃん!

04

ひっこし

「幸せだね、よかったね」

子供の友達のお母さんが、新居に遊びに来た時の言葉だった。前の家よりも便利な街で、広くなった部屋を見回してそう感じたようなのだ。

丁寧で愛情深い人柄の彼女には、好感を持っているし、とても素直に祝意を込めて言ってくれたのは、わかっている。

でも、しっくりこなかった。

大きな食洗機や寝心地の良いベッドは、心に余裕をもたらすけれど、安らぎはもたらさない。失う不安がくっ付いてくる。新しいソファに座って、家賃が払えなくなって引っ越しとなったら、子供たちはどうなるかな?と考えると、ソワソワしてくる。

不安と幸福は同居しない。
さあ、どうしよう?
どうしてたっけ?

今は、安らぎたい時は、夫にギューっと抱きしめてもらうのが一番いい。子供をギューっとしてる時は二番目に安らぐ。友達と心が繋がった気がした時も、仕事で尊敬する人に感謝された時も、妊婦さんに席を譲れた時も、泣いてる赤ちゃんを笑わせた時も、心がホッとする。なんとかなるさ、と思える。幸せを感じる。

安らぎをもたらすのは、自分を好きだと思える気持ち、それだけなのかもしれない。

またいつかソワソワしたら、友達誘って甘いもの食べて、子供とゆっくりお風呂に入って、夫にギューってしてもらえばいいんだ。
そうかそうか、そういうことか。

「うん、幸せだよ。よかったよ」

05

歯医者さん

四十過ぎて歯列矯正を考えている。小さいころから歯並びが悪くて虫歯が多かった。でもかかりつけの歯医者さんが矯正に反対し、親もそれに従った。

その歯医者さんは白髪のおじいさん先生で、顔も体もメガネも全部が四角くて、マスク越しでも声が大きいのにダミ声で聞き取れず、初めて行った時から本当に怖かった。

おじいさん先生は毎回ピンセットで小さくて丸い脱脂綿を青い小瓶の中へ乱暴に浸し、私の口中に塗りたくる。強烈な臭いの茶色い液体でびちゃびちゃにされる。移動式のテーブルにはさまざまな色の溶けたロウのようなものが大量にこびりついていた。

一回の治療はそんなに長くなかったが、とにかく口の中がずっと苦くてつらい。親がご褒美にアイスクリームを買ってくれることもあったが、薬とアイスが混ざり合った味はこの世のものとは思えない不味さだった。

診察時間はまちまちで、朝六時くらいからやっていることもあったし、逆に夜遅いこともあった。病院にはいつもおじいさん先生しかおらず、治療費は毎回数百円だった。五十円のときもあったと思う。

ある日私はひとりぼっちの待合室で何かの紙を見かけて、おじいさん先生が熱心なキリスト教信者であること、さらに私と誕生日が同じであることが判明した。子供ながらになんとも言えない気持ちになったのを覚えている。

それから月日は流れ、親戚のおばさんが自分の子供達が歯医者になったにも関わらず、おじいさん先生の元へ通っていることを知った。
「だって腕がいいんだもの。」
言われてみれば、おじいさん先生の治療は痛くなかった。